恋愛弱者蜂起集会『Re:Mote(リモート)』第二部レポート〜もてないこだれだ〜

サブタイトル「復活のkiya」。
ああ、それから僕の中では転叫院さんはナイスミドルな30代後半なのでよろしく。


さて、銭ゲバオーナーの人が5000円で手に入れたというノートパソコンを持って来たと思ったら、内木さんと一緒に近所のお店にあいさつ回りに出かけたりしたあたりで、第二部の開始。


残ったのが、はてな人ばかりなので、はてなオフ的な様相を呈してもいた。


このときの最大のオモチャになったのが、いつだって仕込みは十分なkiyaさん持参の例の本、『電車男スタイリング・バイブル』であった。


とりあえずこれ書いた人間は全部死ねばいいのに。


まあ、これの企画をした人間をして、「ええ、流行に乗ってその上澄みをすすりましたが何か?」という告白が既になされているわけですが、その告白通り、この本はタイトルに「電車男」と冠しているだけの上澄みの上っ面をなめた程度にもならない、二束三文の同人誌レベルのシロモノ……というと同人誌にも失礼か。
というか、「電車男」ってつくづくオタク文脈に根付いたもんじゃないな、と。


この47歳の中年女性の頭から美しくひねり出されたどうしようもない、まさに「かめばかむほど味がしなくなる」企画の軽薄さ、陳腐さ、底の浅さ、ダサダサ感がありありと眼前に展開される様に、われわれ一同は狂喜乱舞した。
もうね、アホかと馬鹿かと。


なにがどうこうって一々挙げるのも、もはやもどかしいくらいのオール怪獣大進撃。
しかもそれが、モデルを使った写真だったらまだしも、延々とあの筋肉と重力と魂を無視したオサレイラストで展開される。
8頭身、9頭身は当たりまぇ〜!
中には、もはやこちらはどこの低重力惑星のご出身ですかという10頭身の生き物まで描かれていた。


それらの「へんな生き物」のイラストが、「受賞作品」としてランク付けされて、「難易度」何点、「脱オタ度」何点……とかなんとか☆が付いてる。
その各ページには、意味もなく対談形式を使ったコメント(らしきもの)が付されているのだが、そこにほぼ毎回登場するのが、「初心者には難しい」「上級者向け」だのという文句。


お前ら何のためにこの本を作ったんですか、と言いたい。


ああ、そうですね、流行に乗ってその上澄みをすするためでしたね。


というか、あきれ果てて顎関節症が再発しそうになった最大のポイントが、
そもそもこの本、「専門学校生の卒業制作」なんですよ。
なんかもう、「美大の卒展」とかと同じ程度なワケですよ。
行ったことのある人はご存知でしょうけども、「美大の卒展」なんてのは、「見てもらえるだけで有難い」というようなもんですよ。
ハッキリ言ってタダで開催されてますよ。*1
金取ろうなんておこがましいにも程があるってんですよ。


にもかかわらず、あろうことか、
この本は、実際に製作してマネキンに着せるということすらなされずに、テキト−な不思議人体構造にアイデアスケッチ的なイラストを付け加えただけのシロモノに内輪受けのノリのしょーもない垂れ流しの寝言ポエムをくっつけて、1000円もボッタクリやがるワケですよ。


あのね、普通は1000円も払ったら、プロの作品やプロの批評が見られるんですよ。美術芸術であれば。
何が悲しゅうて1000円も払って専門学校生の卒業制作を「拝見」しなきゃならんのですか。
ファッションというのは、そんなオイシイ、いやオカシイ世界なわけですかそうですか。
そういうズレた世界観でもって、何を人を高みから見下ろした気になっていらっしゃるんでしょうか?


確かに、銭ゲバ軍のオシャレサイドにいるタナカさん曰く、中には「なかなかイケてる」ものもあるそうですが、
が、
そのほとんどは、どこのホストか、どこの少女マンガか、どこの腐女子ご用達801キャラか、といったイラスト。


はいはい小林の王子様小林の王子様。


ま、「電車男」つまり、オタク男性のファッションを考えるというコンセプトのこの本において、「男性が考案したデザインが一点程度しか存在しない」という時点で、とっくに語るに落ちているわけですが何か。
唯一あった、「顔が描かれていないイラスト」が男性が描いたものだったというところも、いかにファッションというものがその発想の内に「現実」という要素を考慮していないのかということが非常によくわかる好例ではありました。


つまり、お前たちのほうからすり寄って来い、と。そうおっしゃる。


なるほど、努力しないと差別するぞ、とそうおっしゃる。


これは素晴らしい自己啓発精神ですね。


しかし、たとえその理想に上っ面すり寄せたとしても、待ち構えている逃れられない現実というものがある。
われわれは試しに、その奇ッ怪なイラストの頭と足を手で遮り、5頭身から6頭身という極めて「実直な現実」というものをそこに導き出してみた。


しかし、現れたのはあまりにも「悲惨な現実」だった。


Repeat after me.「きんもーっ☆」(「「きんもーっ☆」」)


そもそもほどんどが「初心者には無理」とされていただけにおよその想像は付いてはいたが、多少マシに見えていたものですら、この現実というフィルターを通したとたん一瞬にして、


「明らかに失敗」
「見なかったことにしよう」
「罠にかかった餌食」
霊感商法の被害者」


といったような様相を呈していた。


さらに、「脱オタ」ルックとして提示されているはずのそれらの中に、「いや、こういうカッコしたオタクっているだろ?」というものがいくつかあったのが、またわれわれの悲しみを加速させた。


これがファッション文脈で語られるところの「脱オタ」の真実の姿だ。


まさに、「このありがたい仏像さえ買えばあなたの幸福は約束されますよ!」という霊感商法だ。
いや、「この素晴らしい健康食品や美容化粧品を広めることがあなたのシアワセにも私のシアワセにもつながるんです!さあ一緒にガンバリましょう!!」とかなんとかいうアムウェイのほうが近いか。


いやぁ、ファッションて本っ当にいいもんですねぇ!!!






うっすらと、「i」と名がつくものであればなんでも食いつきその耳からシアワセの白い糸を垂れ流す人々の影が、ふと脳裏をよぎった瞬間、まさか21世紀になって再び目にしようとは思わなかったコピーが目に飛び込んできた。


「カリスマ美容師」出た!「カリスマ美容師」出たよー!!*2


――俺達は限界だと思った。






P.S.
対極として「描かれる」のが、バンダナにネルシャツにサバイバルベストにケミカルジーンズにスポーツシューズという、典型的あまりにも典型的なオタクルック。
オタクというのが具体的にそんな人間ばかりだと思うのであれば、むしろファッションメーカーはその方向性をこそ追求し、パーフェクトオタクルックを完成させればいいのに。

*1:少なくとも京都では

*2:しかも、「俺、LEON系得意っすよ」とか言ってんの。もう見てらんない。