花火大会

十数年ぶり、本当に十数年ぶりに、まともに「花火を見た」。
会場へと、会場へと、とにかく花火に近づこうと、無謀に自転車で接近を図る。
さてはて、そうその無謀さは、当初は、ほとんど街灯のない、堤防上の狭い道を、行き交う車をよけながら走る・・・というものだったのだが、いざ堤防に到着したら、わりとすぐの地点から、思いもしなかった交通規制。自動車御免の、歩行者天国となっていた。
これ幸いと、道行く人を、ジャリリリン、ヂリリリン、ガリリリリン、と、蹴散らし、追いやる爆進チャリ。夜空の星のまたたく陰で、ベルの響きがこだまする。まさに気分は情け無用、コズモレンジャーJ9。「イエーーーイ!」。
だんだん変なノリになりつつ、進んでいくと、おっと、花火が見えてきた。
しかし、近づけば近づくほど、やはり人影が多くなる。すると、速度が遅くなる。そして、とうとう走れなく。
ついにはなんと迷惑千万、露天の前の人垣を、自転車片手に押し込みながら、それでも打ち上げ地点へ向かう。
しかし、命運もここまでか。とうとう露天が切れたらば、同時にそこにはそうまるで、壁のごとくに留まる人。人、人、人、人、人の群れ。「まるでゴミのようだ。」と、までは言わないけれど。
そこでたまたまあったのが、どこぞへ降りる堤防の、やたらに急な階段が。怒号に圧されるその前に、あわててそこに突っ込んだ。飛び跳ね落ちる自転車を、何とか押さえ、踊り場に。すると意外にその場所が、前にさえぎる人もなく、丁度もたれる柵もある、そして花火も真正面、上空斜め30度。やたらに涼しい好穴場(スポット)。
そしてそこにて、一時間半、これまた本当に十数年ぶりに、まともにしっかり「花火を見た」。合計、7000発らしい。


そこではじめて知ったのが、合間合間のインターバルに、コマーシャルアナウンスが流れることだった。「株式会社・・・」「有限会社・・・」「・・・商事」「・・・」でその二分くらいの後に、では「第○ステージの花火です。」としてどんな花火が上がるかの解説の間に、もう当の花火が打ち上げられて結局、解説は聞こえない。
ま、「百聞は一見にしかず」。


にしても、ここまで近づくとさすがに強烈な音と衝撃である。「こら、死ぬわ。」いつぞや起こった花火工場の大爆発で、全員が死亡したという事件が頭をよぎった。
でも、戦火や空襲に怯えて暮らす海外の子供らに見せたらどんな風に見えるのだろうか、とも思う。この音だけで、何か引いてしまうのか、それとも同じ爆発物がこんなに美しいものになることに好意を寄せるのか。


そして帰りの暗い道、横目に川を眺めれば、もう、もうもうと立ち込める、花火の跡の硝煙雲。
「咲き散りて 川面に流る 枯れ花火」――今日の狂歌でした。