「負け組」の「現実肯定」が、社会に致命的な一矢を報いる

ここで言う「現実肯定」とは一種の「絶対観」であり、貧しい現状をこそよきことだと納得する妙好人的な奴隷根性の獲得を意味するものではない。*1
――絶対観。
それはもう動かしがたい、変えがたい、どうしようもないという諦観である。
その「悲観」を、「悲観」こそが「現実」としてあるのだという認識、それが「肯定」である。

「負け組」は夢を見ない。なぜなら希望などとうに失われているからだ。

  • そんなものは、「革命」への熱狂を冷めさせそれに取って代わった「経済」をも破綻した今、まなざす先は足元でしかない。

「負け組」は不安を煽られない。そんなものはもう既に十分だからだ。

  • ここに言う不安とは、「ねばならない」というイデオロギー=強迫観念によって商品購入を煽る、広告システムのことである。そのような無駄な消費を強要する広告に煽られるまでも無く、もっと基本的で深刻な部分への不安が「負け組」には充満しているのである。


破綻し縮小した経済の中でも、市場の縮小はもう始まっているというのに、
しかして、このシステムは、システムには発展が、拡大が義務付けられている。
もっと大きく!もっと過大に!
そのために、その度に人員は、切り捨てられてきた。余計なコストとして。余分なゴミとして。
そのコストとして切り捨てた、追い詰めた人員が、市場そのものの一部だという事実は、そこで意図的に看過されてきた。


我と我が身をいつ殺すやも知れぬシステムに、もはや誰が信を置くだろうか、もはや誰が支えんとするだろうか。
これはシステムが看過した結果だのに、システムはいまだそれを直視しない。


ならばこそ、
ありもしない輝かしさ、とうに古ぼけた「経済」という輝かしさをまなざすのが、一握りの「勝ち組」であるなら、
ならばこそ、「負け組」はその「現実」を見据えよう。
自らのまなざす先が、足元であることを見据えよう。


「スロー消費」「少子化」「NEET」「ひきこもり」「自殺」等々……
今ここにある現状を、現状をこそ十分に生きて/死んでやろうではないか。
そしてそれこそが、システムへの致命傷となるのだ。
こんなに愉快なことはない。

スロー消費――失敗の無いよう、騙されないよう、無駄の無いよう、じっくり時間をかけ、調べ、納得してからの消費。そこには一呼吸の余談も許さない、矢継ぎ早の大量消費の影はない。もはや企業への信仰を煽る広告などは、空念仏かお題目、というべきシロモノだ。そんなもののどこにも真実が無いことは、もう誰もが知っている、知ることの出来る時代なのだ。

少子化――現実問題として、そこにいたるハードルとして、出合い、結婚、そして出産育児にまつわるリスク、そして教育にかかるコスト。待ち構えている問題は限りない。そして、システム自身がそれを助長する。「問題」の処理は、利益に損害をもたらさないところでやれという。ならば、もう生きているだけで十分だ。未来も希望もない世界に子供を送り出すなど、それこそ子供に対する背信行為に等しい。せめて裏切らないこと。それが答えだ。

NEET・ひきもこり――これこそ「生きている」ということの真実の実践だ。生きて死ぬ。生きて死ぬ。はじめから未来がないのなら、今を生きて死ぬ。それだけだ。

自殺――社会を維持するためには、二人の子供を設けなければならない。ならば、人一人が自殺するということは、社会から一人の人間が消えることのみを意味するのではない。システムにとってやがて生まれる「べき」、二人の子供をも失わせることになるのだ。永久に。
一つの体を滅ぼすことが、実に三人分の命を消し去ることになるのだ。
システムから「負け組」と侮蔑されるものにとって、自殺は実に効果的な復讐法だといえるだろう。――死者を笑うものは死者の嘲笑を受けるのだ。




これらはいわば一人でできるテロリズムだ。
日本というシステム。その改善の先送りにつぐ先送りによって、そのしわ寄せを一手に受けることとなっている「負け組」による、
静かなるそして断固たるテロリズムだ。


テロリズムには意味がある。
それは、人一人が生きた証を立てることなのだ。








これに、眉をひそめるならば、それへの策はただ一つ。
近代を経た、現代を越えた、「次代」とでも言うべき、まなざされる「来たるべきシステム」「新たなるシステム」。
その構想だけが、この破壊――自爆的な破壊――を創造へと転化することが出来るのだろう。




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5 本格的な入門書


*1:妙好人など、体のいい奴隷に過ぎない。「美しい精神」で煽り語られる、被搾取者に過ぎない。