左翼的大学教員の自由主義的教育観

私が持つ研究の権利とは、私個人が勝ち得てきたものであり、それは何人たりとも侵すべからざる神聖な社会的価値を持つのであって、それを奪うことはゆるされないが、かといって、学生が大学内において受けるのは教育ではなく研究の機会なのだから、その質に対しての責任は全て学生個人に由来し、教員の側にはなんらそれに対する義務はない。
こういうのがまかり通ってるから、自分の権利だけ主張して責任を果たさない輩とかなんとか言われて、ろくに信頼も得られずに、効率化に晒されても、誰もまともに対応しようとしなくなるのですよ。