「ものが見えない」とはこういう事かと改めて思い知らされた【何も】30分視覚障害者体験【見えない】


タイトルに反して、何も見えないというのは語弊がある。
恐ろしく目が見えない状態といった方が正確だろう。
別に中国から飛んできた汚染化学物質でできたスモッグに目をやられたとかそういう話ではない。




メガネがなかったのだ。




裸眼視力がわからなくなってからどのくらい経つのだろうか。
視力検査と言えば、当然メガネ蒸着、じゃなくて着用があたりまえになってから数十年。
調べ方、というかそのチャンスを失って、裸眼視力がわからなくなってから数十年。




たぶん、0.1を切っているだろう裸眼視力で、街中を歩くことになった。




街中といっても、また正確を期せば今回歩いたのは地下街で、明るさは常に確保されていたのだから、たいして危険だったという訳でもないのかもしれない。
ルート的には、地下街からビルの中、そしてまた地下街、といった単純なもの。
だが、それにしても、30分間というわずかな時間だといっても、ものが見えないとはこういうことかと改めて思い知らされた。
いや、どうしようもなかった。「これはどうしようもない」と何度も思った。
やってみて始めてわかった。




これは、怖い。




薄型非球面1.67のレンズを使っていても両端のレンズ厚が5mmになるくらいの目の悪さと言ったら、どのくらい目が見えないのかわかる人にはわかるだろうか。




その世界たるや、まず、表示や看板のすべてがにじみ絵のようにぼやけて何らの意味もなさない。
そして、行き交う人々のすべてが、やたらに動き回る色つきの幽霊のような人影となって、目の前から後ろから飛び込んでくる。
さらに、すべてがぼやけた視界が三半規管を奇っ怪にくるわせ、真っ直ぐ歩くことすらままならない。
何もない安全な街中だったからこそ、そしてある程度見知った場所だったからこそ、床や壁や柱に注意して、なんとか目的地に行ったりまた戻ったりできたのだろう。
だが、これが最前線の地雷原だったら確実に一歩目から爆死していたかもしれない。
平和な国だからこそ、こんな馬鹿なことができるわけで、戦争地域で暮らし、メガネを持つこともできない視覚障害者は、どのように暮らすのだろうか。




よくケガもせず、ぶつかりもせず、コケもせず、あまつさえそんな状態で買い物までして帰ってこれたものだ。




しかし、怖いことには変わりはなかった。周りの人間は、みんなこちらが目が悪いということなど、当然知るよしもないからだ。
フラフラと歩きながら、ぼんやりとしか見えない影像の中にさまよい込んでいく。
土地勘がなければ、即死だった。
そもそもなんでメガネ屋にメガネを預けたまま店を出てフラフラと徘徊してしまったのだろう。
店を一歩出た瞬間からそれが脳裏をかすめたが、ちょっとした好奇心と、人体実験のチャンスにこころ惑わされたのだ。




まず地下街である。
見える!私にも人影が見えるぞ!とばかりにふらつきながらも特に誰に迷惑を掛けることなく歩いていくことができたのは、人波の数がそれほど多くない地方都市だからこそだったのだろう。
そして、目的地のビルの地下入り口に到着。さすがに明るい。そして新しい大きな店だけに広い。ぶつからないし歩きやすい。




が、しかし。




ことあるごとに壁や天井にに掲示されているはずの文字がことごとく読み取れない。
どう目をこらしても煮崩れした白いジャガイモのような意味をなさない形しか目に入ってこない。
と、いうことはどういうことか。




自分がいま何階にいるのかわからないのだ。




それでも何とかなったのは、エレベータ付近の表示がやたらに大きかったことに助けられたからに他ならない。
でも、各階ごとのフロア案内は文字通りまったく読めなかった。
もうすべてカンでしか、ここが何売り場なのかを見極められなかった。
そう、もう一事が万事大げさに大事になり、ユニクロの赤くてでかいロゴを頼りにするハメになった。




そしてそこで、何を血迷ったのか、ファッションフロアを軽く一周。
みえない。色しかわからん。値段?なにそれ?
しかし、耳はちゃんと聞こえるのだ。




「ただいま期間限定の○○%オフセールをやっておりまーす!」




あほか。




フラフラと店に入ってしまった。顔のない女性の店員が声を掛けてくる。声と髪の毛の長さでしか相手を判別する術がない。
どんな美人であったろうがなかろうがその時その場にいたのは、女のっぺらぼうそのものだった。
とりあえず生返事を返しておく。
が、なんでこんなにしょうもないセンサーが働くのだろうか。




バーゲンセールコーナーにたどり着いてしまった。




もちろん、サイズなんか見えない。値段なんかわからない。目標にたいして10cmの近さにまで接近しなければな。
あった!Sサイズがあった!




バカかお前。




あとはもう流されるがままに、試着しお買い上げ。これ以上の長居は無用とさらに上の階へ。




今度は、アウトドアショップに入ってしまう。




色の洪水のひどさはこちらの方がひどかった。
なぜか。
アウトドアグッズはその視認性の必要性から、商品に極めて極端なカラーデザインがなされているからである。
おかげでどうなったか。




商品が全部同じブランドに見える。




あと、商品ラインナップが多ければ多いほど、わかりにくくなる。
さらにいうと、上の段にかかっている商品の値札がまったく見えない読めないわからない。
たぶん、目的の物は置いていないような、置いていたかもしれないが、もう精神的にもういっぱいいっぱいになってしまい、早々に退散する。




いやチラッと見えたけど万単位するレインウェアとか買えませんから。




そして、さらに上の階に上がり最後に究極の難関に突入する。
本屋である。
ただの本屋である。
本棚に整然と本が並んだ本屋である。
しかし、こちらは目がほとんど見えないのである。
さがす対象物は本である。
すなわちどういうことか。




すべての色が混じり合い本気でどこがどうなって何がどこに売っていてどこからどこまでが何コーナーなのかサッパリわからない。




特にラノベコーナー。BLコーナー。お前らちょっと反省しろ。
マンガ一冊探すのにこれほどトラップが発動するとか思いもよらなかった。
あきらめて店員に声かけようかと思ったけどなんか忙しそうに逃げられたし。




探し出せたことがある意味、奇跡。




まあ、あんな状態でチャンピオンREDコミックスとか探してた方がおかしいんですけど。




そんなこんなで指定の時間が来たのでメガネ屋へ戻ることにする。
エスカレーターでの反省を活かして、今度はエレベーターで降りることにした。
が、またそこで罠が発生。
今までロクに入り込んだことのない陳列コーナーに迷い込み、たぶん文房具コーナーだったと思うのだが、ビル内の方向感覚がすべて吹っ飛ぶ。
そして、エレベーターを降りてみたならば、




なぜかそこはスーパーマーケット。




降りすぎた。
しかも、方向がわからない。
でも何とかなってしまうのは、あくまで迷っている空間がビルという小さなスペースだったから。
これが、裸眼で街中オリエンテーリングとかいう企画だったら即死じゃないのか。




もう、散々でこりごりだとばかりに一目散にメガネのもとへ。
持っててよかった瓶底メガネ。




わかったことはただ一つ、




「目が悪い」ということは、れっきとした視覚障害の一種だ。








あと、メガネの人が裸眼で本屋に行くのはやめましょう。
混乱とイライラで死ねる。