カーニヴァル化……(書評未満ver.2)

カーニヴァル化する社会ISBN:406149788X、その「日常の祝祭化」という概念の「古さ」「遅さ」「ぬるさ」について、言を荒げて指摘したいのだが、現状にてはそれは不可能となった。


一方で、『世界』掲載のネット上の言動に対する分析――「「自己責任」を要求する「学級会」的糾弾によるねじれた戦後民主主義的な平等主義が、ネット右翼の状況である……というもの」――には、なるほどと思わされた。
そこからも、あくまで著者のメインのプロパーが、ネットをターゲットとしており、それを無理やり社会考察に持っていこうとしたところが――インターネット上の構造分析をそのまま、無理やり、実社会に当てはめようとしたところがそもそもの違和感の源泉であったということだろう。


師匠譲りのキャッチーな言葉のセンスは垣間見えるが、師匠の宮台氏に比して、その足元が少々危ういことは確かである。
さらにいえば、かつてその宮台氏が唱え、いまや完全に放棄した*1、「終わりなき日常」「まったり革命」という概念こそが、「カーニヴァル化した社会」の実情を言い表していたのではないのか。


この本では、一般人は騙せても、アカデミシャンは騙せまい。
――そう感じた。*2

*1:これは宮台氏の心中の「政策転換」上の問題であって、「終わりなき日常」としてあらわされた社会状況は、現在にもまだ通じていると考える。

*2:実社会に対峙せず「試行空間」へと「逃げ切り」を図っているのかもしれない