思考実験としての「韓国ブーム」批評記事への批評

【社会】冬ソナブームの秘密探る−“クールな韓国”好感
http://www.sanspo.com/sokuho/0704sokuho067.html
冬ソナブームの秘密を探ったという、このシンポジウムの記事を例にして、そこに現れた意見について、実験的に、批評なスタンスで見ていくことにします。あくまで実験的に、ですので、少々的外れになったかも知れません。
まず、九州大助教授、毛利嘉孝社会学)氏については、「韓国ブーム=フェミ・オリエンタリズム」説を掲げる私としては、韓国に対する視線の配り方が、少々、甘きに過ぎると見えます。それこそ、「2ch」*1的には「サヨク」とまなざされかねないスタンスかと思われます。
「主演男優の魅力や昔のドラマのような懐かしさ」「日韓関係の成熟」などの「いくつかの要因が重なった現象」という分析に関しては、それが巷で言われている事を、通り一遍なぞっただけということを除けば、確かに「分析的」な意見といえます。
しかし、その次がいただけません。「冬ソナはわれわれに、初めて“クールな韓国”というイメージを与えた」。そのような、「懐かしさ」を感じさせるものが、はたして「クール」足りえるのでしょうか。
確かに、レトロブームと呼ばれる懐古趣味的な嗜好が「流行」することもあるでしょう。しかし、その懐古趣味が「クール」と称されるとすれば、それはその「流行」の担い手が、「若い世代である事」が一つの要件となるのではないでしょうか。ひるがえって、今の「冬ソナ」ブームの中心的担い手が、40〜50代の女性だという点からすれば、彼女らが「クール」と評するかどうか疑問です。むしろ、「ウェット」であると見られたからこそブームとなったのではないでしょうか。
次の、平田由紀江さん(31)の、「若い女性たちが、韓国を遅れた国でなく同時代的な国として見」ているという意見に対しては、私は真っ向から異議を唱えます。
むしろ、「遅れた国」であると、暗黙の内にまなざしたからこそ、安心して熱狂しているのではないでしょうか。小熊英二風に表現すれば、このブームはつまり、「〈癒し〉のオリエンタリズム」なのです。
「自己責任」的なフェミニズムのフロンティア・スピリットに付いて行くのに疲れた女性たちが、かつて「そんなこと」をしなくても良かった、気づいていなかったからこそ、そうしなくても良かった、かつての「時代」を、韓国の中に感じ取り、失われた楽園として「韓国」をまなざしている。まなざすことで、疲労感をファンタジーで〈癒し〉ている。
それが、フェミ・オリエンタリズムフェミニズムオリエンタリズムなのです。
そして、韓国人留学生の李智旻さん(29)の「日本の新聞が、韓国の俳優を様づけしている」との指摘については、やはり、「留学生」というところから来る避けがたいナイーブさ、あるいは祖国への肩入れの様子が見えます。
「新聞が様づけしている」ことを、「韓国文化の地位の変化」としていますが、そもそも新聞とは、いつだって「後追い」でブームに乗るものなのです。たまーに(福)タンのように、率先してブームを作り上げる記者もいますが*2、基本的には、かつて「フジ三太郎がネタにしたらブームは終わり」とまで言われたほど、ブームに対して寝ぼけたセンスをもっているのが新聞なのです。むしろ、ブームに乗るような新聞はその役を果たしていないともいえます。
では、この「様」の発生源はどこかといえば、やはり40〜50代の女性御用達の、女性週刊誌でしょう。そして、この女性週刊誌のコピーとして「王子」「王子様」というのは、かなり古くから見られる、古典的な表現です。近いところでは「イルハン王子」があげられるでしょうか。まぁ、契約違反で解雇されましたが、何か *3
理想的な*4男性にファンタジックなイメージをまとわせるこの「王子」、はたまた「様」という言葉。いつまでも若い心を保ちたいという「読者」の無茶な願いを、さらっとゴマカシながらかなえたフリをすることができる、編集部にとってはまさに魔法の言葉だといえるでしょう。
そして、この言葉は「韓国文化の地位が変化」した≒受容したことを表すというより、むしろ、「異邦人」というブランドとして確固たる区別をしているといったほうが近いのではないでしょうか。


以上が記事内の意見に対する実験的批評ですが、この記事で注目すべき点は、中ほどの「韓国での冬ソナファンは日本と同じく30−40代の女性が多い」という点と、「10代など若い世代からは主体性のない女性主人公への批判が強かった」という点の二つです。
この二つの点こそが、本来この記事で大きく扱われなければならないはずの、大きな意味を持つもののはずですが、当の記事ではインタビューに挟まれて印象を弱めています。
この二点こそ、韓国の実態、「今」の「同時代」的な韓国の、本当の姿を伝えるものだといえるでしょう。
大体よく見返せば、答えているのは、(31)や(29)のブーム直撃盲目世代と、オジサン助教授じゃありませんか。ま、読者の喰い付きがいい記事を書くとなれば、ブームに興じる層の意見をブームに興じる層に伝えるというのが、一番安易で確実なのはわかりますがね。やりすぎです、サンスポ。
さて、つまりそこから何がわかるかといえば、韓国内においても「冬ソナ」が、「遅れた」ものであるということです。韓国の10代(おそらく女性)から見れば「冬ソナ」は相当に、まどろっこしいもどかしい、面映いを通り越して気恥ずかしい、懐メロ=「懐古趣味的メロドラマ」である、という事実です。
だとすればやはり、この「韓国」ブームは、失われた過去の楽園、フェミニズム未だし頃をまなざすオリエンタリズムである、ということになるのではないでしょうか。


そして要するに、かのシンポジウムは、「ブーム」に対する批評分析というより、「ブームそのもの」の延長線上にあった、とまあそういうことでしょうか。


そんなブームを見通せず、煽る朝日に、見る読者。
そんな朝日を冷ややかに、「2ch」片手に、正義ぶる『正論』。
右も左も、左も右も、朝日も『正論』も、どっちもどっち。
「ブーム」や「2ch」に含まれる「嘘」を、見抜けないっていうのなら、


「日本じゃあ二番目だ!!」*5

*1:ニュース速報+、極東、ハングル等の一連の、いわゆる「2chの意見」とされる同質の板を念頭において「2ch」とします。

*2:プリキュアン」という造語を作ってまでも「ふたりはプリキュア」を流行らせようとするその様・・・・・。「「愛」だ。愛はいいなぁ。」(菅原文太ボイスで)

*3:「「王子」だからだ。王子はいいなぁ。」

*4:主に、姿形が。

*5:これが言ってみたかっただけかもw