「現実肯定」社会の行方

内田樹氏のブログで、「現実肯定」社会への危惧が書かれているのを読んだとき、私は特別に驚きはしなかった。


なぜならそれは、私の言うところのサイレントテロと意を同じくするものだったからである。
違うとすれば、氏の文章にはさすがアカデミシャンとでもいうべき学知の証、「引用」が効いている、というところだろうか。
たとえば次のような。

オルテガは「自分以外のいかなる権威にもみずから訴えかける習慣をもたず」、「ありのままで満足している」ことを「大衆」の条件とした。オルテガ的「大衆」は、自分が「知的に完全である」と思い上がり、「自分の外にあるものの必要性を感じない」ままに深い満足のうちに自己閉塞している。
「階層化=大衆社会の到来」

「勝ち誇った自己肯定」はニーチェにおいては「貴族」の特質とされていた。オルテガにおいて、それは「大衆」の特質とみなされる。
ニーチェの「蓄群」は愚鈍ではあったが、自分が自力で思考しているとか、自分の意見をみんなが拝聴すべきであるとか、自分の趣味や知見が先端的であるとか思い込むほど図々しくはなかった。ところが、オルテガ的「大衆」は傲慢にも自分のことを「知的に完全である」と信じ込み、「自分の外にあるものの必要性を感じない」まま「自己閉塞の機構」のなかにのうのうと安住しているのである。
ニーチェにおいては貴族だけの特権であったあの「イノセントな自己肯定」が社会全体に蔓延したのが大衆社会である。
ニーチェとオルテガ 「貴族」と「市民」


また、それを受けて、「階層化が進むことで社会が荒廃していく」との意見もある。

階層化が行き着く先は、差別が横行し犯罪が多発する「世知辛い」世の中だ。「自己責任論」などに見られる「自分たち以外の者がどんな状況にあるか考えられない貧困な想像力」「自分たちが逆の立場になることを全く想定できない閉塞した知性」は、階層化をより助長する。
http://d.hatena.ne.jp/snusmumrik/20050404#p3

だが、私のまなざすところによれば、「階層化」が深刻な問題なのではない。その「階層化」を問題視する視点からは、「社会の規模が維持されていくことに対する自明視」が含まれている。
さらなる問題は、その自明視の中にこそある。
「現実肯定」によって紡ぎだされる社会とは、単にその容姿を荒れさせていくのではなく、その体そのものを縮めていくことになるのである。それが、サイレントテロの効果である。
「現実肯定」に至った個人一人ひとりが、社会に点在するマイクロブラックホールのごとき存在になるのである。


そして、上山氏の「参加したら負けかなと思ってる」との言葉こそは、その真相を言い当てているのではないか。
つまり、そうした自由主義的競争からの離脱とは、自由という勝利の獲得なのではないか、ということである。
あるいは、近代的「自由からの逃走」の行き場としての広告代理店的個性*1という「没個性化」ではなく、先天的個性への逃走、「自由への逃走」と言うべきか。


自由主義的競争がそれに参加すれば、否応なしに勝敗のレッテルを身につけざるを得なくなるのに対して、参加すること自体を無効化してしまえば、「勝ち」と判定されることもないが、「負け」と判定される、蔑視されることもなくなる。
そのことはさらに、「自分の価値を自分で認める」という、実に完成された「近代個人主義的なるもの」に近しいのではないか。


そして、この自己肯定感、現実肯定感とは、結局のところ「競争の結果としての勝利」と同じくらいの価値を持つもの、同じくらい自由主義的な価値観なのではないだろうか。


競争という「効率の悪いプロセス」をすっとばして、いっきに近代個人的な自己肯定感を獲得できるとしたら、いったい誰が回りくどい、そして対価の魅力に乏しい競争などという、「遅れた」システムに参加するだろうか。


「結果」だけが残るキング・クリムゾン*2の力を得た者が敗れ去るとすれば、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム*3のように、「その「結果」が結果ではないという際限のない説得」をあきらめずに試みることしか道はないのかもしれない。


だが、自己肯定、現実肯定という「王」*4の威風に対抗するには、競争という「経験」*5は、まさに葬送の鎮魂歌に近しい弱弱しさを漂わせているように感じられてならない。


なぜなら、「王」はその血*6を流した結果であるのに対して、「経験」は金*7によって購われるものだからである。
「負け」を刻印された者には、それを購う「経験」を買う対価――金が、決定的に不足している。
ならば、
その血を賭して獲得された地位を、いったい誰が覆すことができるというのか。



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4 フランスのテロリズム研究書
5 本格的な入門書


*1:言うまでもなくこれは競争原理下にある

*2:JOJOの奇妙な冒険第五部のラスボス

*3:JOJOの奇妙な冒険第五部の主人公

*4:キング

*5:エクスペリエンス

*6:クリムゾン

*7:ゴールド