目前の不幸より未来への不安

そういう意識が蔓延していることの一端が、この警官の答えに表れているような気がしてならない。


市民に迷惑、必死だった…中3襲撃の警部補が心境

角田警部補は、(中略)「ここで少年を逮捕しないと、市民に迷惑がかかると思い、必死だった」と野村署長に話したという。


目前の不幸こそが未来への不安の根源だというのに、目前の不幸はその何たるかを問われることなく、自明の結果、自然的結末、悪である故に悪であるとでも言うような、惰性的意識でもって、決して正面から受け止められることなく表層的に流されてしまう。


常日頃から精神不安定な両親の悪影響を受け、今回の事件後に於いても、さらにまた父親に裏切られたこの少年が*1、社会性を取り戻すためには、この警官こそがその手引きをするに最もふさわしく、もっと効果的な存在であるはずなのだが、
――が。


「何が「彼」をそうさせたか。」
その問いが問われることはまたしても――ない。


そしてどうせあと幾日かたてば、お定まりの精神分析でもって「理解不能」の烙印が押され、裁判官好みの判決が下され、何も解決しないままに、人々は次の凶悪犯罪への期待に胸をときめかせるのだろう。
――自分の身に不幸が訪れるその日まで。


目前の不幸すら解決できないこの社会で、未来への不安が解消されることなど、
そう、未来永劫ありえない。

*1:父親の手によって自室の光景がTVで公開されるなど、異常という以外の言葉が出ない。いったい「誰」の子供だと思っているのか。いったい「誰」が守るべき存在だというのか。