秋葉原無差別殺傷事件への読売のコラム

ねっとさまりー: 読売新聞が加藤容疑者に対して「自分ひとりが世をさればいいものを」より>テキストデータ化

編集手帖


解けた靴ひもを結び直しても10秒はかかる。道で足をとめ、青く色づいたアジサイに見惚れても30秒は過ぎる。のどが渇き、駅の売店で何か飲んでも1分という時間は流れる◆居合わせる。居合わせない。ご遺族の肩はきっと、靴ひもでいい、路傍の花でいい、わが子、わが夫に、立ち止まるわずかな時間も与えてくれなかった無情の天を仰ぐ思いでおられよう。◆世の中が嫌になったのならば自分ひとりが世を去ればいいものを、「容疑者」という型通りの一語を添える気にもならない。加藤智弘という25才の男が東京・秋葉原で通行人を車ではね、ナイフで刺し、7人を殺した◆<「はじめまして」/この一秒ほどの短い言葉に/一生のときめきを感じることがある>。事件当日の朝、新聞で読んだ詩の一節が浮かんでは消える。時計のセイコーが23年前に一度だけ放送した“幻のCM”という◆犠牲者のひとり、東京芸術大学4年の武藤舞さん(21)は環境音楽を学び、コンサートを企画する会社から内定をもらったばかりだった。「はじめまして」。憧れの職場で挨拶する、ときめきの1秒は永遠に来ない。
2008.6.10